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最近、ネットでこんな情報を見つけました。

担任の教師主導の緘黙の改善の事例が少ない

なぜ担任による実践事例が少ないのか?

  1. 放っておいても大丈夫と言う誤解
  2. 適切な支援方法を知らない
  3. 忙しくて援助する時間がない・精神的な余裕がない
  4. 新しい仕事が増えることに抵抗がある

これらの問題をどう解決するのか?

これに関する僕の答えを言いたいと思います。

教師とは無関係に解決すればいい

教師主導の緘黙の改善ってなに?


緘黙の問題を担任の教師に解決してもらおう(^O^)/

それがそもそも間違っているんです。

こういうことわざを知っていますか?

「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」

意味は「やりたくないと思っていることを無理強いさせることはできない」と言うことです。

馬を水辺に連れて行っても、のどが渇いていなかったら馬は水を飲みません。

水を飲む飲まないは馬の自由で無理やり水を飲ませることはできません。

やりたくないことを、無理にやらせる方法なんてないんですよ。

緘黙の子に対する正しい支援方法を教えても、教師が緘黙の子を助けたいと思っていなければ実践するわけはないじゃないですか。

放っておいても大丈夫と言う誤解


教師とはそもそも子供の幸せを願って生きているわけではありません。

仕事だから教師をやっているんです。収入を得るための手段として教師をしているんです。教師は正義の味方ではありません。

大丈夫とか大丈夫でないとか教師には関係のない話です。

緘黙の子を助けるのは教師の仕事の範囲なのか?

どこからどこまでかによりますが、仕事の範囲内までだったら要求してもいいと思いますが、教師が主導して緘黙の子を助けるって変ですよね。

なかには熱心な先生もいるかもしれませんが、それは仕事ではなくあくまでも善意でやっているので、それをすべての教師に要求するのはどうなんでしょう?

適切な支援方法を知らない


確かに知らないのかも知りません。でも知ったからと言って実践するかどうかは別問題です。

痩せる方法を知っている人が痩せているわけではないのと同じです。

実際にあなたは知っていることはすべて実践していますか?やりたくないことだったら知っていても実践しないですよね?

知っているから実践する?

知っていると実践するかどうかは2つ重要な点があります。

  • どの程度目標をかなえたい気持ちがあるか?
  • その目標をかなえるにはどれくらい大変なのか?

例えばありがちなのが痩せたい目標がありました。

痩せるための方法を知りました。

じゃあ、その人は痩せたのかと言えばそれは人それぞれです。

痩せたい気持ちがあっても痩せるためには、運動したり食べる量を控えないければいけません。

目標をかなえた気持ちと、それをかなえる努力のバランスで挫折する人もいます。

そもそも目標をかなえたいという気持ちが小さいもしくはない場合は、大変でなくてもやりません。

緘黙の問題も同じです。

教師ってどの程度緘黙の子を助けたいという気持ちがあるのでしょうか?

それに支援ってどの程度教師に負担があるのでしょうか?

そのバランスって重要だったりします。

全く助けたい気持ちがなかったら、知っても実践するわけないですよね。

忙しくて援助する時間がない・精神的な余裕がない


これはありがちですよね。わざわざ忙しいのに余計な仕事を増やすって普通嫌ですよね。

教師が忙しすぎるって話題になっているのに、さらに教師の負担を増やそうって時代に逆行している。

教師が忙しいのを改善するって簡単な問題じゃないと思う。根本的な改革が必要でそう簡単に何とかなる問題ではありません。

でももし暇になったらやるかどうか聞かれたら?それでも別に助けたいわけではないから、やらないかもしれませんけどね。

新しい仕事が増えることに抵抗がある


これも大きいと思いますね。そもそも緘黙の子の支援って普段している仕事と同じではないと思います。

教師の性格とか人間性に大きく影響されるので、向いていない人に無理やらせても逆に悪くなったりすることもあります。

例えていえば工場で部下に命令している人に、いきなり営業の仕事もやってくれと言うようなものではないでしょうか?

まとめ


担任の先生が主導して緘黙の子の支援をするって現実離れしている。

担任の先生にはやるなと言われていることはやらない。それだけ出来たら上出来。

協力してもらえるなら負担のない範囲で協力してもらう。熱心な先生だったらありがたく協力してもらう。

そんな気持ちで対処したほうがいいと思います。

基本的に緘黙の問題は、親と当事者が中心になって解決していくのが一番現実的ではないでしょうか。

もし担任の教師が主導して解決するべき思うなら、教師の気持ちを正しく理解することが大切です。

教師ってどの程度、助けたい気持ちがあるのか?どの程度の割合の教師が助けたいと思っているのか?

そこを客観的に把握しましょう。

そして教師にどの程度負担がかかるのか?把握することが大切です。

教師が緘黙の子を助けたいと言ってもいないのに、助けたいことを前提に話を進めてしまってもうまくいきません。

教師って職業であって、正義の味方ではありません。

だから「負担にならない範囲内なら協力してもいい」と言う教師が8割くらいなんじゃないかなって個人的には思っています。

それに教師って緘黙の子を助ける能力ってあるんでしょうか?

仮に教師が主導しても的外れなことをされたら返って悪くなるし、正しい知識を与えても実践する能力がなければ意味がありません。

まずは教師の気持ちと能力をしっかり把握しましょう。